【市川團十郎白猿とは何者?】本名・年齢・十一代目海老蔵からの歩み
市川團十郎白猿を理解するには、現在の芸名だけでなく、これまでに継承してきた名前を知る必要があります。
歌舞伎では、俳優が成長する過程で複数の名跡を襲名することがあります。市川團十郎白猿も、七代目市川新之助、十一代目市川海老蔵という名前を経て、現在の十三代目に至りました。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の芸名 | 十三代目市川團十郎白猿 |
| 本名 | 堀越寶世(ほりこし・たかとし) |
| 生年月日 | 1977年12月6日 |
| 年齢 | 48歳(2026年10月29日現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 屋号 | 成田屋 |
| 定紋 | 三升 |
| 父 | 十二代目市川團十郎 |
| 以前の芸名 | 七代目市川新之助、十一代目市川海老蔵 |
| 長男の芸名 | 八代目市川新之助 |
成田屋公式プロフィールと日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑に掲載されている情報を基に整理しました。
十三代目市川團十郎の経歴を年表で整理
| 年 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1977年 | 誕生 | 十二代目市川團十郎の長男として東京に生まれる |
| 1983年 | 初御目見得 | 『源氏物語』の春宮役 |
| 1985年 | 初舞台 | 七代目市川新之助を襲名 |
| 1999年 | 弁慶を初役 | 『勧進帳』で武蔵坊弁慶を演じる |
| 2000年 | 光源氏を初役 | 『源氏物語』に出演 |
| 2004年 | 海老蔵襲名 | 十一代目市川海老蔵となる |
| 2013年 | ABKAI開始 | 初の自主公演を開催 |
| 2015年 | 六本木歌舞伎 | 新しい歌舞伎表現に取り組む |
| 2021年 | 東京五輪 | 開会式で『暫』を披露 |
| 2022年 | 團十郎襲名 | 十三代目市川團十郎白猿となる |
十一代目市川海老蔵から十三代目團十郎へ
大きな転換点となったのが、2004年5月の十一代目市川海老蔵襲名です。
襲名披露では『暫』『伊勢音頭恋寝刃』『勧進帳』『春興鏡獅子』『助六由縁江戸桜』などに出演。古典歌舞伎の重要な役を次々と務めました。
同年10月にはパリの国立シャイヨー劇場で襲名披露公演を実施。その後もヨーロッパ各地や海外の劇場で歌舞伎を披露し、国内にとどまらない活動を展開します。
さらに、2003年にはNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』で宮本武蔵を演じ、映画『出口のない海』『一命』『利休にたずねよ』などにも出演しました。
こうした活動によって、歌舞伎に詳しくない人々にも市川海老蔵という名前が広く知られるようになりました。
【白猿の由来とは?】十三代目が受け継いだ名前に込められた意味
「白猿」という名前を初めて聞くと、動物の白い猿を意味する珍しい芸名だと感じるかもしれません。
しかし、実際には市川團十郎家に受け継がれてきた歴史ある俳名です。
白猿は五代目市川團十郎に由来する
成田屋公式の「團十郎事典」によると、白猿という俳名は、五代目市川團十郎が用いたことに由来します。
その背景には、二代目市川團十郎が使っていた「栢莚(はくえん)」という俳名があります。
その後、五代目が先人の名人芸に自分はまだ及ばないという謙遜の意味を込め、「白猿」という表記を用いるようになりました。
さらに七代目市川團十郎も白猿の俳号を使用しています。
つまり、十三代目が白猿を名乗ることは、単なる新しい芸名の選択ではなく、歴代の團十郎が持っていた芸への姿勢を受け継ぐ意味を持っています。
十三代目自身が語った白猿への思い
2020年5月の襲名発表時、歌舞伎美人の取材記事では、海老蔵時代の本人が白猿を選んだ理由について説明しています。
「父や祖父にまだまだ足もとにも及ばぬ」
これは、父である十二代目や祖父をはじめとする先人たちへの敬意と、自分自身がさらに芸を磨いていく決意を表した言葉です。
ここで押さえておきたいのは、白猿は本名でも、単なる愛称でもないという点です。
歌舞伎における俳名の伝統と、先人に対する謙虚な姿勢を示す名前なのです。
市川團十郎という名跡の重み
市川團十郎は、江戸歌舞伎の歴史を築いてきた300年以上の伝統を持つ大名跡です。
2013年2月3日に十二代目が亡くなった後、團十郎の名跡は空席となっていました。
その名前が十三代目によって復活したのが2022年です。
襲名は芸名の変更にとどまりません。歴代の役者が磨き上げてきた家の芸、舞台での役割、観客から寄せられる期待まで引き継ぐことになります。
2020年の襲名発表時、本人も團十郎という名前には歌舞伎界で大きな責任が伴うと語っていました。
【成田屋の歴史】市川團十郎歴代と歌舞伎十八番の関係
市川團十郎白猿を語るうえで欠かせないのが、屋号「成田屋」と家の芸「歌舞伎十八番」です。
成田屋の屋号は成田山新勝寺との縁から生まれた
成田山新勝寺の公式解説によると、初代市川團十郎は、歌舞伎役者として人気を集めていた一方、跡継ぎに恵まれず、成田山で子授けを祈願しました。
その後、待望の長男を授かったことから、成田山への感謝を込めて親子共演の舞台『兵根元曽我』を演じます。
この公演が成功したことを受け、市川家は成田山に大神鏡を奉納しました。
そして、この親子共演をきっかけに「成田屋」の屋号を使うようになったと伝えられています。
成田屋と成田山新勝寺の関係は、その後も長く続いています。
2023年には十三代目市川團十郎白猿が成田市の御案内人に任命され、歌舞伎を通じた地域文化の発信にも関わっています。
歴代市川團十郎が築いた伝統
市川團十郎の名跡は初代から十三代目まで続いています。
歴代の中でも、特に歌舞伎の発展に大きな影響を与えた人物が七代目です。
七代目市川團十郎は、1832年に市川家の得意演目を整理し、「歌舞伎十八番」を制定しました。
その後、1840年には『勧進帳』を新たな形で上演。能の『安宅』を参考にしながら、衣装や舞台装置を工夫し、現在まで続く作品の基本を築きました。
歌舞伎十八番の代表作とは?
歌舞伎十八番は、市川家に伝わる代表的な演目18作品を指します。
主な作品には次のものがあります。
- 『暫』:圧倒的な存在感を持つ主人公が登場する荒事の代表作。
- 『助六』:江戸の粋や華やかさを表現する人気演目。
- 『勧進帳』:弁慶、義経、富樫の緊迫したやり取りを描く名作。
- 『鳴神』:鳴神上人と雲の絶間姫を中心とした物語。
- 『矢の根』:曽我五郎の豪快な活躍を描く作品。
- 『外郎売』:早口の長台詞が見どころの演目。
- 『毛抜』:不思議な現象をめぐる物語。
このほか、『不動』『蛇柳』『景清』『関羽』『七つ面』などが含まれます。
18作品すべてが毎月上演されるわけではありません。時代によって上演頻度や復活上演の機会は異なります。
『勧進帳』の弁慶が重要な理由
十三代目にとって特に重要な作品が『勧進帳』です。
物語では、源義経と家来たちが山伏に変装し、安宅の関を通過しようとします。
関守の富樫左衛門に疑われた一行を救うため、弁慶は白紙の巻物を本物の勧進帳であるかのように読み上げます。
さらに、義経を守るために主君を打つという苦しい選択を迫られます。
弁慶には、豪快な立ち回りだけでなく、緊張感のある台詞回しや繊細な心理表現も必要です。最後の飛び六方も大きな見どころです。
十三代目は1999年1月、浅草公会堂でこの弁慶を初めて演じました。
そして2022年の襲名披露興行でも弁慶を務めています。
父や祖父、歴代の團十郎が演じてきた大役を引き継いでいることからも、『勧進帳』が彼の芸の中心にある作品の一つであることが分かります。
【2022年の襲名披露】八代目市川新之助との親子襲名も話題に
十三代目市川團十郎の襲名はいつ?
十三代目市川團十郎白猿の襲名は、2020年5月に発表されました。
当初は2020年の歌舞伎座公演で襲名披露が予定されていましたが、実際に襲名が行われたのは2022年です。
主な経緯は次のとおりです。
- 2020年5月:十三代目市川團十郎白猿への襲名を発表。
- 2022年10月31日:歌舞伎座で顔寄せ手打式を実施。
- 2022年11月7日:歌舞伎座で襲名披露興行が開幕。
- 2022年12月:歌舞伎座で引き続き襲名披露公演を開催。
- 2024年10月:2年間にわたる襲名披露興行が終了。
この襲名によって、約9年間空席となっていた市川團十郎の大名跡が復活しました。
長男も八代目市川新之助を襲名
襲名披露で注目されたもう一つの出来事が、長男の八代目市川新之助の初舞台です。
長男は、以前は堀越勸玄(ほりこし・かんげん)の名前で活動していました。
2022年11月、父の團十郎襲名と同じ歌舞伎座の舞台で八代目市川新之助を襲名し、初舞台を踏みました。
これは、父が七代目市川新之助から十一代目市川海老蔵、そして十三代目市川團十郎へと歩んできた道筋とも重なります。
2026年現在も、親子で舞台に立つ機会があります。『伝承への道』などの公演は、成田屋の芸を次世代へ伝える場としても意味を持っています。
ABKAI自主公演で切り開いた新しい歌舞伎
十一代目市川海老蔵時代から続く重要な活動が、自主公演「ABKAI(えびかい)」です。
2013年8月、シアターコクーンで第一回公演を開催しました。
この公演では、歌舞伎十八番の『蛇柳』を復活上演したほか、日本昔話の『花咲かじいさん』を題材とした新作歌舞伎にも挑戦しました。
ABKAIの特徴は、古典の継承と新しい表現を同じ舞台で追求したことです。
従来の歌舞伎の演出を大切にしながら、現代の観客にも親しみやすい題材や演出を取り入れる試みでした。
また、2015年には「六本木歌舞伎」も始まり、歌舞伎以外の演劇関係者との共同制作にも取り組んできました。
【市川團十郎白猿の現在】2026年最新の公演・活動と芸風の評判
2026年の市川團十郎白猿は、古典歌舞伎の大役と、新しい観客層に向けた舞台活動の両方を続けています。
2026年の主な舞台活動
| 時期 | 公演 | 内容 |
|---|---|---|
| 1月3日~27日 | 初春大歌舞伎 | 新橋演舞場で『熊谷陣屋』『矢の根』『春興鏡獅子』などに出演 |
| 8月 | 伝承への道 | 市川ぼたん、市川新之助らとの親子公演 |
| 10月3日~25日 | 市川團十郎特別公演 | 南座で『勧進帳』や荒事を披露 |
| 11月6日~7日 | 壇ノ浦歌舞伎 | 山口県下関市で特別公演 |
| 12月2日~25日 | 十二月大歌舞伎 | 歌舞伎座で『与話情浮名横櫛』などに出演 |
11月は下関の壇ノ浦歌舞伎に出演
2026年11月6日・7日には、山口県下関市の岬之町にぎわい広場に設置される特設舞台で「市川團十郎 壇ノ浦歌舞伎」が開催されます。
源平最後の合戦の地である壇ノ浦を望む場所で行われる、歴史と歌舞伎を結びつけた特別公演です。
主な演目は次のとおりです。
- 素踊り『延年之舞』:弁慶の祝舞。
- 素踊り『静と知盛』:源平の物語に関連する舞踊。
- 『連獅子』:市川團十郎と市川新之助による親子共演。
この公演では、歴史的な舞台背景と成田屋の伝統が結びつきます。
下関市の公式発表によれば、團十郎自身も壇ノ浦を望む場所で『連獅子』を演じる意義についてメッセージを寄せています。
12月は坂東玉三郎との11年ぶりの共演
2026年12月2日から25日まで開催される歌舞伎座「十二月大歌舞伎」も注目の公演です。
第三部では、世話物の人気作『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』が上演されます。
主な配役は次のとおりです。
- 与三郎:市川團十郎
- お富:坂東玉三郎
- 蝙蝠安:尾上松緑
- 和泉屋多左衛門:中村勘九郎
この作品は「切られ与三」の通称でも知られ、男女の恋愛と運命の再会を描きます。
特に注目したいのは、坂東玉三郎との共演です。歌舞伎美人によると、二人が本作で共演するのは2015年7月の歌舞伎座公演以来、実に11年ぶりとなります。
荒事の力強い役柄とは異なる、色気や情感を求められる与三郎をどう演じるのかも見どころです。
市川團十郎白猿の評判と芸風
歌舞伎俳優名鑑では、十三代目の芸風について、容姿や声量に恵まれ、『暫』などの荒事でスケールの大きさを発揮する俳優として紹介されています。
特に評価のポイントとなるのは、次の4つです。
1. 荒事での存在感
市川家の伝統である荒事は、力強い動きや大きな見得、豪快な表現が特徴です。十三代目は『暫』などでその持ち味を発揮します。
2. 弁慶役への取り組み
『勧進帳』の弁慶は、単純な力強さだけでは務まりません。豪快さと繊細な心理描写の両方が必要です。本人も長年、祖父や父の弁慶に憧れて取り組んできた役だと語っています。
3. 伝統と革新の両立
ABKAIや六本木歌舞伎など、新しい企画を通じて歌舞伎の可能性を広げてきました。古典だけに活動を限定しない姿勢が特徴です。
4. 舞台での華やかさ
襲名披露の口上で見せる「にらみ」は、成田屋を象徴する演出の一つです。2021年の東京オリンピック開会式でも『暫』を披露し、伝統芸能を国内外に発信しました。
2025年のインタビューでは、本人が弁慶という役について、二十数年にわたり先人たちの芸に憧れながら取り組んできたことを語っています。
こうした歩みからは、襲名後も単に名跡の知名度に頼るのではなく、役柄を通じて芸を磨き続ける姿勢が見えてきます。
【プロの結論】十三代目の評価は襲名後の舞台にこそ表れる
市川團十郎白猿の芸を評価する際、襲名の華やかさやメディアでの知名度だけを基準にするのは十分ではありません。
見るべきなのは、歴代團十郎が築いた荒事をどのように継承しているか、そして古典以外の舞台でどのような表現を生み出しているかです。
特に『勧進帳』の弁慶は、家の芸の継承を確認するうえで重要な演目です。一方、『与話情浮名横櫛』の与三郎のような役では、従来の豪快な芸風とは異なる表現力も問われます。
伝統を守る力と、新しい観客に届ける力。その両方をどう伸ばしていくかが、十三代目市川團十郎白猿の今後を評価する重要な判断基準です。
【市川團十郎白猿】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:市川團十郎白猿の本名と年齢は?
A1:本名は堀越寶世(ほりこし・たかとし)です。1977年12月6日生まれで、2026年10月29日現在48歳。2026年12月6日に49歳になります。
Q2:市川團十郎白猿の「白猿」とはどういう意味?
A2:五代目市川團十郎が用いた俳名に由来します。先人の芸にまだ及ばないという謙遜の意味が込められており、十三代目も父や祖父への敬意と精進の気持ちを込めて名乗っています。
Q3:市川海老蔵が十三代目市川團十郎になったのはいつ?
A3:2022年11月です。2004年に十一代目市川海老蔵を襲名し、2022年に十三代目市川團十郎白猿となりました。
Q4:市川團十郎白猿の長男も歌舞伎役者?
A4:はい。長男は八代目市川新之助です。2022年11月、父と同じ歌舞伎座の舞台で襲名し、初舞台を踏みました。
Q5:2026年の市川團十郎白猿の出演予定は?
A5:2026年11月6日・7日の下関「壇ノ浦歌舞伎」、12月2日~25日の歌舞伎座「十二月大歌舞伎」などが予定されています。12月公演では坂東玉三郎と共演します。
まとめ:市川團十郎白猿が背負う伝統と2026年以降の展望
市川團十郎白猿は、本名を堀越寶世といい、十一代目市川海老蔵としての活動を経て、2022年に十三代目市川團十郎を襲名した歌舞伎俳優です。
その歩みには、300年以上続く成田屋の歴史と、歴代の團十郎が受け継いできた芸の伝統が深く関係しています。
今回押さえておきたいポイントは次のとおりです。
- 人物の基本情報:1977年12月6日生まれ、本名は堀越寶世。
- 襲名の経緯:2004年に十一代目市川海老蔵、2022年に十三代目市川團十郎白猿を襲名。
- 白猿の意味:五代目團十郎に由来する俳名で、先人への敬意と謙遜を表す。
- 家の芸:『暫』『助六』『勧進帳』など歌舞伎十八番を継承。
- 新しい挑戦:ABKAIや六本木歌舞伎などを通じて新たな表現を追求。
- 次世代への継承:長男の八代目市川新之助とともに成田屋の芸を伝えている。
2026年は下関の壇ノ浦歌舞伎や歌舞伎座の十二月大歌舞伎など、古典の魅力と新たな舞台表現を感じられる公演が続きます。
市川團十郎という名前は、単なる一人の俳優の芸名ではありません。歴代の役者が築いた伝統と、次の世代へ伝えるべき文化そのものを象徴しています。
十三代目がその大名跡にどのような新しい歴史を刻むのか。今後の舞台活動と八代目市川新之助への芸の継承にも注目が集まります。 (出典: 市川 團 十郎 白 猿(Yahoo!ニュース))