舛添要一の現在は?2026年の仕事・収入、新著と都知事辞職の真相を徹底解説
2026年10月現在、元東京都知事の舛添要一氏は、国際政治学者・政治評論家として活動を続けている。政治家として表舞台に立つ機会は減ったものの、テレビやインターネット番組への出演、国際情勢に関する論考、著書の出版など、発信活動は現在も活発だ。2026年4月には祥伝社新書から『中国の逆襲――習近平の戦略』を刊行。さらに10月22日にはNewsPicksのYouTube番組に出演し、1999年の東京都知事選挙で落選した当時の仕事や収入について振り返った。
一方、舛添氏の名前には、2016年の東京都知事辞職につながった政治資金問題や、公用車で神奈川県湯河原町の別荘に通っていた問題も結び付いている。現在の仕事や年収はどうなっているのか。なぜ都知事を辞めることになったのか。そして、国際政治学者としての現在の評価はどうなのか。2026年の最新活動から過去の経歴、辞職の経緯までを整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の仕事:2026年も国際政治学者として執筆、テレビ出演、インターネット番組での国際情勢解説を継続。
- 2026年の新著:4月2日発売の『中国の逆襲――習近平の戦略』(祥伝社新書)で中国の近現代史と習近平体制を分析。
- 10月の話題:NewsPicksで1999年の都知事選落選後にテレビ出演へ復帰し、収入は変わらなかったと説明。
- 辞職の理由:政治資金の不適切な支出、公用車の湯河原別荘利用、高額な海外出張などへの批判が重なり、2016年6月21日に辞職。
- 年収の実態:1999年当時の収入について本人の説明はあるが、2026年現在の具体的な年収は公表されていない。
【2026年最新】舛添要一の現在の仕事は?国際政治学者として執筆・メディア出演を継続
舛添要一氏は、2026年10月現在も国際政治学者として活動している。東京都知事を辞職した後、国政や都政に復帰したわけではなく、専門分野である国際政治や外交、現代史を中心とした言論活動に軸足を置いている。
現在の活動は、大きく分けて執筆、テレビ・インターネット番組への出演、国際情勢の分析・発信の3つだ。
2026年も中国・米国・欧州情勢について発信
舛添氏の公式サイトでは、2026年も国際政治をテーマにした活動報告や論考が掲載されている。
2026年4月には「高市政権、発足から半年、政策実現は?」、同月には「トランプの誤算」などのテーマで論考を発表。3月には核兵器をめぐる国際情勢についても取り上げている。
これらのテーマからも、現在の活動が単なる過去の政治経験の回顧ではなく、米中関係、日本外交、欧州情勢、安全保障などを扱う国際政治の分析に重点を置いていることが分かる。
2026年10月にはNewsPicksとNoBorder Newsに出演
2026年10月には、インターネットメディアでの出演も確認できる。
10月22日、舛添氏はNewsPicksのYouTube番組「選挙に落ちたら、ただの人」手のひら返しは本当にある?落選政治家の天国と地獄に出演した。ここでは1999年の都知事選に落選した後の生活や収入について語っている。
さらに10月26日には、YouTube番組「NoBorder News」の第60回に出演。フランスでの大規模な抗議活動や社会分断をテーマにした番組で、国際政治の専門家として議論に参加した。
こうした出演は、舛添氏が現在も国際情勢を解説する論客としてメディアから起用されていることを示している。
テレビ出演も続いている
インターネット番組だけでなく、テレビでのコメント活動も続いている。
2026年1月には、読売テレビの「そこまで言って委員会NP」に出演し、高市早苗首相の台湾有事をめぐる発言と日中関係について議論した。また、同月にはABEMAの「ABEMA的ニュースショー」にも出演し、米国のベネズエラへの軍事行動やグリーンランドをめぐる問題について見解を示している。
つまり、現在の舛添氏は、テレビから完全に姿を消した人物ではない。従来のテレビ出演に加えて、YouTubeやニュース配信サービスにも活動の場を広げている。
かつて厚生労働大臣や東京都知事を務めた経験は、国内政治だけでなく、外交や国際情勢を語る際にも独自の視点を与えている。

【2026年4月の新著】『中国の逆襲――習近平の戦略』で何を伝えたのか
2026年の舛添氏の活動を語るうえで外せないのが、新著『中国の逆襲――習近平の戦略』だ。
同書は祥伝社新書730として刊行されたもので、書店発売日は2026年4月2日。著者は舛添要一氏、出版社は祥伝社である。
中国の近現代史から習近平体制を読み解く
本書の中心的なテーマは、中国の近現代史と現在の習近平体制の戦略だ。
出版社の紹介によると、著者は中国が経験した近代の「屈辱」の歴史を踏まえ、毛沢東、鄧小平、習近平という中国の指導者たちが何を目指し、どのような国家運営を行ってきたのかを分析している。
単純に現在の中国政府の政策を批判したり、日中関係の対立だけを取り上げたりする内容ではない。中国という国家が形成されてきた歴史的背景を理解し、現在の外交・安全保障上の動きを考える構成になっている。
目次は次のような構成だ。
- 第1章:緊迫する日中関係
- 第2章:蚕食される帝国
- 第3章:帝国の落日
- 第4章:内戦と日中戦争
- 第5章:中華人民共和国の樹立
- 第6章:現代の皇帝たち
- 第7章:中華帝国の逆襲
特に注目したいのは、歴史的な国家形成の過程から現代の習近平体制までを一続きの流れとして捉えている点だ。
なぜ2026年に中国をテーマにしたのか
背景には、台湾問題をはじめとする日中関係の緊張がある。
2025年11月には高市早苗首相の台湾有事をめぐる国会答弁をきっかけに、日中関係が悪化した。中国の外交姿勢や習近平政権の戦略を理解することは、日本の安全保障や経済にも直結する問題になっている。
舛添氏は東京都知事時代、北京との都市外交にも取り組んだ経験がある。国際政治学者としての研究歴に加え、政治家として中国側の要人と接してきた経歴も、同書の背景にある。
また、2025年には佐藤優氏との共著『21世紀の独裁』を刊行している。2026年の『中国の逆襲』は、こうした近年の独裁体制や国際秩序に関する問題意識を引き継ぐ著作として位置付けられる。
現在の舛添氏にとって、著書は単なる過去の実績ではない。テレビや動画番組で短時間に伝えることが難しい歴史的背景や政治構造を、まとまった形で読者に届ける重要な活動になっている。
【経歴・年表】1999年の都知事選落選から2016年の辞職、2026年の現在まで
舛添要一氏は1948年11月29日、福岡県北九州市に生まれた。東京大学法学部政治学科を卒業後、大学で政治学を研究し、国際政治学者として活動を始めた。
その後、テレビの解説者として知名度を高め、1999年に初めて東京都知事選挙に立候補する。落選を経験した後、参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事へとキャリアを進めた。
舛添要一の主な経歴と転換点
| 時期 | 出来事・活動 | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1948年 | 福岡県北九州市に誕生 | 11月29日生まれ |
| 1971年 | 東京大学法学部政治学科卒業 | 政治学研究の道へ |
| 1979~1989年 | 東京大学教養学部助教授 | 国際政治学・外交史を研究 |
| 1989年 | 東京大学を退官 | 舛添政治経済研究所を設立 |
| 1999年4月 | 東京都知事選挙に出馬、落選 | 836,104票を獲得 |
| 2001~2013年 | 参議院議員を2期務める | 国政で活動 |
| 2007~2009年 | 厚生労働大臣 | 第一次安倍内閣、福田内閣、麻生内閣で務める |
| 2010~2013年 | 新党改革代表 | 政党運営にも携わる |
| 2014年2月 | 東京都知事に初当選 | 都政のトップに就任 |
| 2016年6月21日 | 東京都知事を辞職 | 政治資金問題などへの批判が背景 |
| 2026年 | 執筆・テレビ・動画番組出演 | 国際政治学者として活動を継続 |
1999年の東京都知事選挙では836,104票を獲得
1999年4月11日に実施された東京都知事選挙は、舛添氏にとって政治家としての最初の大きな挑戦だった。
当時50歳だった舛添氏は、無所属の新人候補として出馬。結果は石原慎太郎氏が1,664,558票で当選し、舛添氏は836,104票で3位となった。
この選挙では鳩山邦夫氏も851,130票を獲得しており、舛添氏との差は約1万5,000票だった。知事の座には届かなかったものの、80万票を超える支持を集めていた。
注目すべきなのは、落選後に政治活動から完全に離れたわけではなかったことだ。舛添氏は当時のテレビ出演などの仕事に戻り、国際政治学者としての活動を続けていた。
落選後の経験が2014年の都知事当選につながる
1999年の選挙から2年後、舛添氏は参議院議員選挙に出馬して当選。2007年には厚生労働大臣に就任し、年金問題や社会保障政策などに携わった。
2014年の東京都知事選挙では、自民党・公明党の東京都連の推薦を受けて出馬し、初当選を果たす。
1999年の落選から15年後に都知事の座を手にしたことになる。学者、テレビ解説者、国会議員、大臣という経験を重ねた末の当選だった。
ただし、2016年に政治資金問題などで辞職したため、都知事としての在任期間は約2年4か月にとどまった。

【収入・年収の実態】NewsPicksで語った1999年の落選後の生活とは?
舛添氏の現在について検索する人が特に気になるのが、収入や年収ではないだろうか。
2026年10月22日のNewsPicks出演では、1999年の東京都知事選挙で落選した後、仕事や収入がどう変化したのかについて本人が説明した。
選挙期間中は仕事を中断、落選後はテレビ出演に復帰
NewsPicksの番組では、選挙に出馬した後の収入について質問された舛添氏が、1999年の選挙を振り返った。
「(収入は)全然変わってないですね。」
本人の説明によると、選挙期間中は1~2か月ほど選挙活動に集中するため、それまでの仕事を中断していたという。
しかし、落選した場合は、その中断期間が終われば元の仕事に戻ることができた。舛添氏の場合、テレビ出演などの仕事に復帰したため、選挙前と比較して収入は変わらなかったという。
一方、当選していれば政治家としての収入や生活が変わっていたはずだとも説明している。
1999年当時の収入と2026年現在の年収は別問題
ここで注意したいのは、NewsPicksで語られたのは1999年の都知事選に落選した直後の収入についてだという点だ。
この発言を、そのまま2026年現在の年収に当てはめることはできない。
現在の舛添氏には、次のような仕事の領域がある。
- 著書の出版:祥伝社新書などから国際政治や現代史に関する書籍を刊行。
- 執筆活動:国際情勢や日本の外交政策について論考を発表。
- テレビ出演:政治・外交・安全保障などをテーマに番組で解説。
- インターネット番組:NewsPicksやNoBorder Newsなどの動画メディアに出演。
これらは現在確認できる活動領域だが、個別の出演料、原稿料、著書の印税、年間の講演収入などは別の問題である。
舛添要一の現在の年収はいくらなのか
2026年現在、舛添氏の具体的な年収を示す確かな公表資料は確認できない。
元東京都知事という経歴から高額な収入を想像する人もいるかもしれないが、過去の知事報酬と現在の民間活動による収入は区別する必要がある。
書籍の印税についても、販売部数や契約条件が分からなければ金額は算出できない。テレビ出演についても、出演回数だけで年間収入を推計することは難しい。
したがって、現時点での正確な説明は、舛添氏は執筆やメディア出演を続けているものの、2026年の年収は非公表ということになる。
NewsPicksでの発言から分かるのは、1999年の落選後も仕事に戻れる専門家としての基盤を持っていたことだ。これは、選挙に敗れたことで政治家としての活動基盤を失う一般的な候補者とは異なる、学者・評論家という職業の特徴でもある。
【東京都知事を辞職した理由】政治資金問題と湯河原別荘・公用車問題の真相
舛添氏の政治家としての評価を大きく変えたのが、2016年に発覚した一連の問題だ。
当初は海外出張費の高さや公用車の使い方が批判され、その後、政治資金をめぐる不適切な支出も問題になった。説明を重ねても都民や都議会の理解を得られず、最終的に辞職に追い込まれた。
公用車で湯河原の別荘に通っていた問題
批判のきっかけの一つとなったのが、神奈川県湯河原町にある別荘への公用車利用だった。
報道や東京都議会の記録によると、舛添氏は2015年春から2016年春にかけて、ほぼ毎週末、都庁から約100キロ離れた湯河原の施設に公用車で移動していた。
テレビ朝日の2016年4月27日の報道では、前年4月から2016年4月11日までの間に48回利用していたことが伝えられている。
舛添氏は当初、公務に必要な移動であり、ルールに従っているという認識を示していた。健康管理や緊急時の対応も理由に挙げていた。
しかし、都民からの批判が強まると、5月10日には警備上の問題などがない限り、湯河原の施設に行くために公用車を使わない方針を示した。
その後、6月6日の会見では、湯河原の施設を第三者に売却する考えも説明している。
政治資金問題では家族旅行や飲食、美術品の購入が問題に
もう一つの大きな問題が、政治資金の使い方だった。
報道では、政治団体の資金から家族旅行の宿泊費や飲食費が支出されていたこと、美術品などを購入していたことが取り上げられた。
舛添氏は弁護士2人による第三者調査を依頼し、2016年6月6日に結果を公表した。
東京都の公式記者会見記録によると、調査では家族旅行と判断される宿泊費や、一部の飲食費について政治資金の支出として適切とは認められないとされた。また、飲食に関する14件について是正の必要性が指摘された。
美術品の購入についても、政治資金の支出として不適切と判断されたものがあった。
重要なのは、調査結果がすべての支出を違法と判断したわけではないことだ。第三者調査では、法律上の制限がない支出であっても、政治資金の使途として不適切と評価される場合があることが示された。
つまり、問題の核心は刑事事件としての有罪・無罪だけではなく、公的な立場にある政治家が資金の使い道についてどこまで説明責任を果たせるかという点にあった。
高額な海外出張費も批判の対象に
海外出張の経費も大きな批判を受けた。
東京都の2016年12月の都政改革本部報告書によると、舛添氏は約2年4か月の知事在任期間中、姉妹友好都市との関係強化や国際会議への出席などを目的として、7か国10都市を訪問していた。
問題となったのは、出張の目的だけではなく、航空運賃や宿泊費、随行職員の人数などを含む費用全体だった。報告書では、海外出張の経費削減や出張体制の見直し、情報公開の改善策が検討されている。
海外出張は知事の外交・都市外交上の活動として必要な側面もある。しかし、その費用が適切だったのか、都民に十分な説明がなされていたのかという点で批判が強まった。
2016年6月21日に辞職が正式に実現
2016年6月に入ると、都議会での追及はさらに厳しくなった。
舛添氏は当初、9月の定例会まで時間がほしいとして続投を希望していた。しかし、都議会では自民党や公明党を含む各会派が不信任決議案を提出する方向で一致した。
2016年6月15日、舛添氏は都議会議長に辞職願を提出。都議会はこれに同意し、6月21日付での辞職が決まった。
東京都の公式記録でも、辞職の背景として高額な海外出張、公用車の不適切な運用、政治資金の不適切な使用などが挙げられている。
この一連の問題は、単に一つの支出をめぐる疑惑ではなかった。公私の区別、政治資金の透明性、知事としての説明責任という複数の問題が重なり、最終的に都政への信頼を損なったことが辞職につながった。

【現在の評判・評価】国際政治学者としての専門性と元都知事としての評価
2026年現在の舛添氏に対する評価は、国際政治学者としての専門性と、東京都知事時代の政治的責任を分けて考える必要がある。
国際政治・中国情勢の解説者としての強み
舛添氏の強みは、大学での研究経験と政治家としての実務経験を併せ持っている点だ。
東京大学で政治学を研究し、国際関係史を専門としてきた経歴に加え、参議院議員や厚生労働大臣、東京都知事として実際の政策決定に関わってきた。
そのため、外交問題を単なる国際ニュースとしてではなく、国家間の利害関係や国内政治との関係から解説できることが特徴となっている。
2026年の中国関連の著書やテレビ・動画番組への出演も、この専門性を生かした活動といえる。
都知事辞職の記憶は現在も評価に影響
一方、2016年の辞職問題が過去の出来事になったわけではない。
公用車の湯河原別荘利用や政治資金問題は、知事という公的な立場に求められる倫理観や説明責任を考える際の事例として、現在も取り上げられる。
国際政治について専門的な知識を持つことと、行政トップとして信頼されることは別の評価軸だ。専門家として番組に出演しているからといって、過去の政治的な問題が解消されたことにはならない。
反対に、過去の辞職問題だけを理由に、現在の研究や著作の内容まで一律に評価するのも適切ではない。
現在の舛添氏を見る際には、国際政治学者としての知見、発信内容の妥当性、過去の公職における説明責任という3つの視点を分けることが大切だ。
政治家への復帰より専門家としての活動が中心
2026年10月時点で、舛添氏が東京都知事や国会議員として現職に復帰した事実はない。
現在の活動の中心は、国際情勢に関する執筆やメディア出演だ。中国、米国、欧州などをテーマにした発信を続けていることからも、政治家として権力を担う立場ではなく、政治を分析して意見を発信する立場に軸足を置いている。
1999年の都知事選落選後にテレビの仕事へ戻った経験をNewsPicksで語ったことも、現在のキャリアを理解するうえで興味深い。選挙に挑戦することと、専門家として活動することを両立してきた人物の経歴が表れている。
【舛添要一の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:舛添要一は2026年現在、何をしている?
A1:国際政治学者・政治評論家として、執筆活動やテレビ出演、YouTubeなどの動画番組への出演を続けている。2026年4月には『中国の逆襲――習近平の戦略』を刊行し、10月にはNewsPicksやNoBorder Newsにも出演した。
Q2:舛添要一の現在の年収はいくら?
A2:2026年現在の具体的な年収は公表されていない。著書の出版、執筆、テレビやインターネット番組への出演などが確認できる活動だが、印税や出演料を含めた年間収入の総額は明らかになっていない。
Q3:舛添要一はなぜ東京都知事を辞めた?
A3:政治資金の不適切な支出、公用車で湯河原の別荘に通っていた問題、高額な海外出張などをめぐって批判が高まり、都議会で不信任決議案が提出される見通しとなったため。2016年6月15日に辞職願を提出し、同月21日付で辞職した。
まとめ:舛添要一の現在は国際政治学者としての活動が中心
2026年10月現在、舛添要一氏は国際政治学者として執筆やメディア出演を続けている。4月には祥伝社新書から『中国の逆襲――習近平の戦略』を刊行し、10月にはNewsPicksやNoBorder Newsにも出演した。
10月22日のNewsPicksでは、1999年の東京都知事選挙で落選した後の収入について、テレビ出演などの仕事に戻ったため「全然変わってない」と振り返っている。ただし、この発言は当時の収入についてのもので、2026年現在の年収を示すものではない。
一方、2016年の都知事辞職については、政治資金の使途、公用車の利用、高額な海外出張をめぐる批判が重なったことが背景にある。東京都の公式報告書にも、当時の問題と行政運営上の改善点が記録されている。
舛添氏の現在を理解するうえでは、過去の政治的な失敗と、現在も続く専門家としての活動を切り分けて見ることが重要だ。国際政治学者としての新たな著作や発言が今後どのような議論を生み出すのか。そして、元東京都知事としての過去の評価とどう向き合っていくのか。今後もその発信は注目される。
主な根拠資料:舛添要一公式サイト、国立国会図書館サーチ、東京都選挙管理委員会、東京都都政改革本部、東京都の2016年6月6日記者会見記録、NewsPicks出演を報じたスポニチ・ライブドアニュース、2026年10月のNoBorder News出演発表。
(出典: 舛添 要 一 現在(Yahoo!ニュース))