Ryuchell(りゅうちぇる)の経歴と現在|pecoとの結婚・離婚、2023年の訃報まで徹底解説
タレント、モデル、アーティストとして活躍したryuchell(りゅうちぇる)さん。カラフルなファッションと独自のキャラクターで人気を集め、peco(ぺこ)さんとの結婚や子育て、ジェンダーにとらわれない生き方の発信でも大きな注目を浴びました。

本名は比嘉龍二(ひが・りゅうじ)。沖縄県宜野湾市で生まれ、原宿のショップ店員兼読者モデルから芸能界へ進出しました。2016年のpecoさんとの結婚、2022年の離婚発表、そして2023年7月12日の死去まで、その歩みには数多くの転機がありました。2026年10月現在の状況も含め、プロフィール、芸能活動、家族との関係、音楽やSDGsへの取り組みを時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - プロフィール: 本名は比嘉龍二。1995年9月29日、沖縄県宜野湾市生まれ。 - 芸能活動: 原宿の読者モデルから人気タレントへ。2018年にはRYUCHELL名義で音楽活動を本格化。 - 結婚・離婚: 2016年にpecoと結婚し、2018年に長男が誕生。2022年に法的な夫婦関係を解消。 - 訃報: 2023年7月12日、27歳で死去。 - 2026年現在: 新たな芸能活動はなく、生前の作品やSNSアカウントなどが残されている。
【プロフィール】ryuchellの本名・年齢・出身地は?沖縄で育った少年時代
ryuchell(りゅうちぇる)
タレント・モデル・歌手
- 本名:比嘉龍二(ひが・りゅうじ)
- 生年月日:1995年9月29日
- 出身地:沖縄県宜野湾市
- 血液型:O型
- 身長:172cm
- 没年月日:2023年7月12日
- 享年:27歳
出典:所属事務所・ファンクラブのプロフィール、スポーツ紙の人物紹介。
本名は比嘉龍二。沖縄県宜野湾市出身
ryuchellさんの本名は比嘉龍二です。1995年9月29日に沖縄県で生まれ、宜野湾市出身として知られています。
幼少期からファッションやかわいいものに関心があり、本人の過去のインタビューでは、ディズニーやバービーなどが好きだったことを語っています。
一方、成長するにつれて、男の子らしさを求められる周囲の価値観との違いを意識するようになったといいます。
Pen Onlineのインタビューでは、好きなものを周囲に知られることへの不安から、学生時代に自分の個性を隠していた経験を振り返っています。
高校時代に始めたSNSが自己表現のきっかけに
ryuchellさんは、沖縄県内の北中城高校を卒業しています。
本人の音楽レーベル公式プロフィールによれば、学生時代に感じていた生きづらさを変えたいという思いから、Twitterで自分自身の考えや個性を発信するようになりました。
当時から周囲に合わせるよりも、自分の好きなものを大切にしたいという意識が強かったことがうかがえます。
また、「りゅうちぇる」という名前は、アメリカのドラマ『glee』に登場するレイチェル・ベリーに由来すると、過去のインタビューで説明しています。
この名前と独特のファッションスタイルが、後の芸能活動につながっていきました。
【芸能界デビューから人気タレントへ】原宿の読者モデル時代と経歴年表
2014年、沖縄から原宿へ上京
高校卒業後、ryuchellさんはファッション関係の仕事を目指して東京へ移りました。
活動の拠点となったのは、個性的なファッションやカルチャーが集まる原宿です。
当初はアパレルショップで働きながら、読者モデルとして活動していました。
琉球新報の報道によると、2014年に北中城高校を卒業して上京し、原宿のアパレル店員をしていた際にスカウトされたことが芸能界入りのきっかけとなりました。
ショップ店員としての経験は、後にテレビで見せる個性的な衣装やヘアメイクにもつながっています。
2015年、『行列のできる法律相談所』出演で全国区へ
転機となったのは、2015年の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』への出演です。
交際していたpecoさんとともに登場し、独特の話し方や明るいキャラクターが話題になりました。
従来の男性タレント像とは異なるファッションや振る舞いも注目され、テレビのバラエティ番組への出演が増加します。
「ぺこ&りゅうちぇる」としての活動は、当時の若い世代を中心に人気を集めました。
ryuchellの主要な経歴・活動年表
| 時期 | 出来事・活動 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1995年 | 沖縄県で誕生 | 本名は比嘉龍二 |
| 2014年 | 高校卒業後に上京 | 原宿でショップ店員・読者モデル |
| 2015年 | テレビ出演で注目 | 『行列のできる法律相談所』など |
| 2016年12月 | pecoと結婚 | 夫婦タレントとして活躍 |
| 2018年2月 | 音楽活動を本格始動 | RYUCHELL名義でデビュー |
| 2018年7月 | 第1子男児誕生 | 父親となる |
| 2020年 | NHK高校講座に出演 | 『家庭総合』のMC |
| 2021年 | SDGs・多様性の発信 | 独立後も幅広く活動 |
| 2022年8月 | pecoとの離婚を公表 | 人生のパートナーという関係へ |
| 2023年7月12日 | 27歳で死去 | 東京都内で亡くなる |
タレントから情報発信者へと活動の幅を拡大
ryuchellさんの特徴は、バラエティ番組での人気をそのまま維持するだけでなく、活動の方向性を変化させていったことです。
テレビでの明るいキャラクターに加え、自身の経験をもとにジェンダーや家族、自己肯定感について発信するようになりました。
2021年には著書『こんな世の中で生きていくしかないなら』を出版。女性誌などでの連載や、教育・社会問題に関する番組出演にも取り組みました。
単なるファッションアイコンから、自分の考えを言葉にして伝えるタレントへと活動領域を広げていたのです。
【pecoとの結婚・離婚】2016年の入籍から2022年の家族の形の変化まで
ryuchellさんの人生を振り返るうえで、モデル・タレントのpecoさんとの関係は欠かせません。
2人は恋人として芸能活動をスタートさせ、結婚、出産、離婚という大きなライフイベントを経験しました。
2016年12月28日、pecoと結婚
ryuchellさんとpecoさんは、原宿のアパレルショップで出会いました。
2014年に交際を始め、同居生活を経て、2016年12月28日に結婚しました。
2人はファッションやキャラクターの個性が強く、テレビ番組やCMにも一緒に出演。若い世代から「ぺこ&りゅうちぇる」として親しまれました。
結婚当時、ryuchellさんは家族として幸せな生活を築いていきたいという思いを発信していました。
2018年7月11日、第1子となる男児が誕生
結婚から約1年半後の2018年7月11日、pecoさんが第1子となる男児を出産しました。
体重は3576グラム。母子ともに健康であることが報告されました。
子どもの名前はリンクくんです。
ryuchellさんも父親になった喜びを自身のSNSで報告し、pecoさんへの感謝を伝えていました。
その後は、育児や家族の日常についても発信し、夫婦としてだけでなく、親としての姿にも関心が集まりました。
2022年8月、離婚を発表した理由とは?
大きな転機となったのが、2022年8月25日の発表です。
2人はSNSを通じて、これまでの夫婦関係を見直し、今後は「夫」と「妻」ではなく、人生のパートナーとして家族を続けていくことを明らかにしました。
翌26日には所属事務所が、すでに離婚届を提出しており、法的には夫婦ではないことを説明しています。
発表の背景には、ryuchellさん自身が抱えていたジェンダーや自分のあり方についての葛藤がありました。
ryuchellさんは発表文の中で、自分自身を隠して生きてきたことへの苦しさを明かしています。
その後のインタビューでは、pecoさんと時間をかけて話し合ったことや、家族として一緒に生きていくことを大切にしたかったと説明しました。
この決断は、単純に夫婦関係を終わらせるというものではありませんでした。
法的な婚姻関係を解消した後も、3人で暮らし、子どもの親として協力していくという新しい関係を選んだのです。
「夫という役割を卒業して、大切なパートナーとして家族になる」 2022年のCINRAインタビューで語られた家族関係の変化の趣旨。
離婚後も家族としてのつながりを大切にした
2022年の離婚発表後も、pecoさんとryuchellさんは子どもの親として関係を続ける姿勢を示していました。
ここで押さえておきたいのは、離婚と家族関係の断絶は同じではないということです。
2人は法的な夫婦関係を解消しましたが、子どもを育てる親として、また人生のパートナーとしての関係を続けることを選択していました。
そのため、2022年の発表を単なる夫婦の破局として捉えると、2人が伝えようとしていた家族の形を十分に理解できません。
【ジェンダーレスと自分らしさ】ryuchellが社会に発信し続けたメッセージ
ryuchellさんは、芸能活動を通してジェンダーや個性について積極的に発信してきました。
特に、見た目や服装、性別による固定観念にとらわれない自己表現は、彼の活動を象徴するものです。
「ジェンダーレス男子」という呼び方と本人の発信
芸能界で注目を集め始めた当時、ryuchellさんは個性的なファッションやメイクから「ジェンダーレス男子」というカテゴリーで紹介されることがありました。
しかし、この呼び方だけで本人の考え方や性のあり方を説明することはできません。
本人は、好きな服を着ることや、自分の好きな生き方を選ぶことを大切にしていました。
2021年のPen Onlineのインタビューでは、幼少期からかわいいものが好きだったこと、周囲の目を気にして個性を隠していた時期があったことを振り返っています。
その経験を経て、自分の好きなものを否定せずに生きることを発信するようになりました。
自分らしさとは、他人に決められるものではない
2022年のマイナビニュースのインタビューでは、「自分らしさ」という言葉について、本人自身も明確な定義を持っているわけではないと話しています。
好きな色や服を選び、無理をせず、自分の心が気持ちよく感じる生き方を意識しているという内容でした。
この考え方は、単にファッションの自由を訴えるものではありません。
性別、年齢、家庭環境、社会的な役割などによって、本人の生き方が一方的に決められてしまうことへの問題提起でもありました。
LGBTQ+や性の多様性についての発信
ryuchellさんは、性自認やジェンダーについても発言していました。
2022年にはTBSラジオの番組で、身体的な性別と本人が望む生き方について、自分で考え、選択する権利を尊重する必要性を語っています。
また、同年11月のCINRAのインタビューでは、ジェンダーについて発信し続けてきた一方で、本心を伝えることへの怖さもあったと明かしました。
これは、発信する側も社会からの反応に影響を受ける一人の人間であることを示しています。
ryuchellさんの活動を振り返ると、明るく華やかなファッションの裏側に、自分自身の生き方を模索してきた時間があったことが分かります。
【音楽活動・SDGs】RYUCHELL名義の楽曲とNHKでの教育活動
タレントとしての活動と並行して、ryuchellさんは音楽や教育、社会貢献にも力を入れていました。
2018年2月14日「Hands up!! If you're Awesome」で音楽デビュー
2018年2月14日、ryuchellさんはRYUCHELL名義で、デビューシングル「Hands up!! If you're Awesome」を配信リリースしました。
発売元はユニバーサルミュージック、レーベルはVirgin Musicです。
この曲には、自分の個性を隠さず、大切にしてほしいというメッセージが込められています。
作曲を担当したのは、水曜日のカンパネラのメンバーとして知られるケンモチヒデフミさんです。
楽曲は80〜90年代を思わせるサウンドを特徴とし、ryuchellさんが日頃から書きためていた歌詞をベースに制作されました。
テレビで笑いを届けるだけでなく、音楽を通して自身の考えを伝えたいという思いが込められた作品でした。
NHK『高校講座・家庭総合』のMCを担当
ryuchellさんは2020年から、NHKの『高校講座・家庭総合』でMCを務めました。
この番組では、家庭生活だけでなく、社会や人間関係、暮らしに関わる幅広いテーマを扱います。
本人は、番組出演をきっかけにSDGsについて学ぶようになったと、2021年の『広報会議』のインタビューで語っています。
特に関心を持っていたのが、ジェンダー平等や多様性、次世代の教育です。
自身の高校時代には、SDGsや多様な生き方について学校で学ぶ機会が少なかったという経験から、若い世代が早い段階でさまざまな価値観に触れられることを前向きに捉えていました。
渋谷ダイバーシティエバンジェリストとしての活動
2018年には、渋谷ダイバーシティエバンジェリスト(多様性伝道師)に就任しました。
渋谷区が掲げる多様性とインクルージョンの考え方を広める活動に参加し、2022年にも渋谷区長とのトークイベントなどに登壇しています。
2022年11月のイベントでは、長谷部健渋谷区長とともに「DIVERSITY CITY SHIBUYA」をテーマに、多様性を尊重する街づくりについて意見を交わしました。
ryuchellさんのSDGs活動は、単なるイメージ戦略ではなく、自身の経験と教育現場での学びを結びつけた取り組みだったといえます。
【2023年7月12日の訃報と2026年現在】残された作品・SNS・活動の記録
2023年7月12日、27歳で死去
2023年7月12日、タレントのryuchellさんが東京都渋谷区内の事務所で亡くなったことが報じられました。
享年27歳でした。
琉球新報やテレビ朝日などの報道によって訃報が伝えられ、沖縄出身のタレントとして地元からも大きな関心が寄せられました。
当時の報道では、警視庁が現場の状況を踏まえて経緯を調べていると伝えられています。一方、BBC日本語版は死因が明らかにされていないと報じています。
死去の背景を、2022年の離婚発表やジェンダーに関する発信だけに結びつけることはできません。本人の内面や亡くなるまでの事情について、外部から断定できるものではありません。
突然の訃報は、ファンだけでなく、芸能界や多様性について発信してきた人々にも大きな衝撃を与えました。
所属事務所・比嘉企画が発表したその後の対応
ryuchellさんが代表を務めていた株式会社比嘉企画は、2023年8月29日、四十九日に合わせて今後の方針を公表しました。
主な内容は次のとおりです。
- 葬儀は親族の意向を踏まえ、密葬として執り行った。
- YouTube、Instagram、XなどのSNSアカウントは引き続き残す。
- お別れの会は当時の時点で予定していない。
- 比嘉企画はpecoさんとスタッフが一丸となって守っていく。
この発表は、ryuchellさんが残した作品や言葉を大切にしていくという事務所の姿勢を示すものでした。
SNSアカウントが残されることになったため、過去の投稿や動画、音楽などを振り返ることができる状態が維持されています。
ryuchellは2026年現在どうしている?
検索キーワードとして「ryuchell 現在」「りゅうちぇる 現在 2026」と調べる人もいますが、最も重要なのは、ryuchellさんが2023年7月12日に亡くなっているという事実です。
したがって、2026年現在、本人が新たなテレビ出演や音楽活動、SNS投稿を行っているわけではありません。
2026年4月に更新されたスポーツニッポンの人物プロフィールにも、1995年9月29日の生年月日と2023年7月12日の没年月日が記載されています。
現在確認できる主な関連情報は次のとおりです。
| 項目 | 2026年時点での状況 |
|---|---|
| 本人の芸能活動 | 2023年7月の死去により終了 |
| 音楽作品 | RYUCHELL名義の既発表作品が残る |
| SNS | 所属事務所が存続方針を公表 |
| YouTube | 過去の発信を振り返る記録として残る |
| 比嘉企画 | 2023年にpecoとスタッフによる運営継続方針を発表 |
| pecoとの関係 | 2022年に離婚。子どもの親という関係があった |
死去から時間がたっても残るメッセージ
ryuchellさんの活動を振り返ると、テレビタレントとしての人気だけでなく、社会に向けて発信した言葉や価値観にも大きな意味があったことが分かります。
特に、自分の好きな服を着ること、自分の気持ちを大切にすること、家庭のあり方を一つの形式に限定しないことなどは、彼の活動を通じて広く知られるようになりました。
2023年12月には、ABEMA Primeが生前に撮影していた未公開インタビューを公開しています。政治、教育、LGBTQ、ルッキズムなどについて語った内容で、本人が社会に対してどのような問題意識を持っていたのかを知る手がかりとなっています。
過去の映像やインタビューを振り返ることは、単に懐かしむだけではなく、本人が伝えようとしていた考えを改めて知る機会にもなっています。
【よくある質問】ryuchell(りゅうちぇる)に関するFAQ
Q1:ryuchellの本名は何ですか?
A1:本名は比嘉龍二(ひが・りゅうじ)です。1995年9月29日生まれで、沖縄県宜野湾市出身です。
Q2:ryuchellとpecoはいつ結婚して、いつ離婚しましたか?
A2:2016年12月28日に結婚しました。2018年7月11日に長男が誕生し、2022年8月に離婚を公表しました。離婚後も人生のパートナーとして、子どもの親であることを大切にする方針を示していました。
Q3:ryuchellはいつ亡くなりましたか?
A3:2023年7月12日です。東京都渋谷区内の事務所で亡くなり、27歳でした。
Q4:ryuchellは2026年現在も活動していますか?
A4:いいえ。2023年7月12日に亡くなっているため、本人による新たな芸能活動はありません。過去のSNSアカウントや音楽作品、テレビ出演などの記録は残されています。
Q5:RYUCHELL名義で発表した代表曲は何ですか?
A5:2018年2月14日に配信リリースされた「Hands up!! If you're Awesome」です。自分の個性を大切にしてほしいというメッセージが込められたデビュー曲です。
Q6:ryuchellはSDGsにどのように関わっていましたか?
A6:NHK『高校講座・家庭総合』のMCを担当したことをきっかけにSDGsへの理解を深め、ジェンダー平等や多様性、次世代の教育などについて発信していました。また、渋谷ダイバーシティエバンジェリストとしても活動しました。
まとめ:ryuchellが残した経歴と自分らしく生きることへのメッセージ
ryuchellさんは、沖縄県宜野湾市で生まれ、原宿の読者モデルから芸能界へ進出したタレントです。pecoさんとの結婚によって夫婦タレントとして広く知られるようになり、音楽活動、教育番組、SDGsやジェンダーに関する発信へと活動の幅を広げました。
2016年の結婚、2018年の長男誕生、2022年の離婚発表は、家族のあり方を考えるうえでも大きな出来事でした。そして2023年7月12日、27歳という若さで亡くなりました。
2026年現在、本人の新しい活動はありません。しかし、「Hands up!! If you're Awesome」をはじめとする音楽作品、生前のインタビュー、テレビ出演、SNSに残された言葉は、今も彼の歩みを伝えています。
ryuchellさんの経歴を振り返る際に大切なのは、華やかな芸能活動だけでも、結婚や離婚だけでも人物像を判断しないことです。自分の個性と向き合い、表現することを選び、社会に向けて言葉を届け続けた一人の表現者として、その仕事と発信を受け止めることに意味があります。 (出典: タレント ryuchell りゅうちぇる(Yahoo!ニュース))